半生記

半生記

半生記とはご本人が、今日まで過ごされてきた半生を振り返り、年代順に書き記(しる)していったものです。作成することにより次世代に自分の生き様を伝えるとともに、今後に向けての生き方を見つめ直すきっかけづくりにします。

半生記の製作実績

【1】企業OB・男性(大分県)80歳

「♪来ませ 見せましょ 鶴崎おどり」で名高い大分市鶴崎で生まれ育ち、長じては九州電力㈱(以下、「九州電力」)と鶴崎海陸運輸㈱(以下、「鶴崎海陸運輸」)でサラリーマンとして精一杯働いてきた。

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【2】警察OB・男性(大分県)83歳

○○に来て、本当に驚いたことがあります。
日出 暘谷城(ようこくじょう)の近くから眼下の別府湾岸を見下ろしたとき、一隻の軍艦が撃沈されていて、その残骸をサルベージ会社が解体していました。

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【3】経営者・男性(大分県)68歳

ヨーロッパでの営業活動を始めたのは40歳代の頃。今考えると、かなり破天荒な営業活動ではあった。営業の柱としては、各地で開催されている漁業資材のエキシビション(展示会)巡りを中心にしていた。

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【4】経営者・男性(大分県)78歳

○○の地に生まれ、七十九年の歳月が流れた。
我々の世代は、戦前戦中の軍国主義の時代と戦後の混乱期を経験している。お金があってもモノがない。教育も全体主義を叩き込まれた。

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【5】主婦・女性(大分県)64歳

かつては夫と一緒に晩酌を楽しんだりしていたこともありました。焼酎三杯程度までは私もまったく大丈夫なので、アルコールには自信があります。夫が倒れたとき、息子が「お母さんは、お父さんのことを心配し過ぎてアルコール依存症になるのでは・・・」と思ったそうです。

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【6】元銀行員、元信販会社経営者・男性(大分県)83歳

脳内出血を起こすと亡くなることもある。助かっても寝たきりになる人もいる。私の場合は半身不随になったものの、やはり運が良かったのだと思う。

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【7】経営者・男性(大分県)72歳

通学距離は、トンネルができ道路勾配が緩やかになった現在の道路でも15kmはある。朝の5時頃家を出て、登ったり下りたりしながら約3時間かけて登校。

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【8】主婦・女性(大分県)72歳

そして昭和二十年、私が十歳の時に神戸の大空襲に遭いました。
朝の六時ごろ、空襲警報とともに始まった市街地への絨毯(じゅうたん)爆撃。まさに床に敷かれた絨毯のように爆弾が神戸一面を覆い「ゴー」という地鳴りのような音が聞こえました。

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掲載の許可をいただき誠にありがとうございました。

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