【4】経営者・男性(大分県)78歳

【4】経営者・男性(大分県)78歳

はじめに

○○の地に生まれ、七十九年の歳月が流れた。
我々の世代は、戦前戦中の軍国主義の時代と戦後の混乱期を経験している。お金があってもモノがない。教育も全体主義を叩き込まれた。皆、平等なので、イジメもなく、威張る者もいなかった。
戦後の五、六年間は、率先して素人演劇や楽団に参加するなど自己主張に富む独身時代を過ごした。 「戦争が終わった」という解放感。心のどこかに戦前・戦中の没個性的教育の反動が出ていたのかもしれない。加えて無意識に、失われた青春を必死になって取り戻そうともがいていたのかもしれない。

独身生活に終止符を打ち、A市生まれの賢い嫁をもらった。しかし残念ながら、妻とはわずか二十七年間しか一緒にいられなかった。 その間、別府でダンスを踊ったりしたこともあるし、喧嘩もしたりした。いろいろなことがあったが、まさか妻が四十八歳で亡くなるとは夢にも思わなかった。
亡くなったあとも、妻と話したいことが限りなくあった。会社のこと、子供のこと、孫のこと等々。しかしこれも運命だとあきらめざるを得ない。
今年の命日を迎えると、亡くなってから二十八年目となる。とうとう妻と一緒にいた期間を超えてしまった。悲しいが月日が経つのは本当に早いものだ。

ここ○○町で、父の事業を引き継ぎ、タクシー会社を中心に、ガソリンスタンドや不動産の賃貸事業を行ってきた。現在は息子が跡を継ぎ、悠々自適な暮らしを送っている。

時おり吹く○○港からの澄んだ風が心地よい。
○○町も昨年(平成十八年)の三月三十一日にB町、C町、D町と対等合併し、E市の一部となったが、吹く風は昔と変わらない。
この大好きな武蔵の地で、多くの方にお世話になってきた。あらためて皆様に感謝しつつ、後世に続く者たちのために悲喜こもごもの私の半生を振り返ってみようと思う。

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