【1】経営者・男性(大阪府)72歳

【1】経営者・男性(大阪府)72歳

○子は、妻というより親のような存在だった。べたべたとくっついているような夫婦ではなかったが、いろいろな意味で私とのコンビネーションは良かった。

私が手加減せず、他人の四倍も五倍も仕事に打ち込むことができ、ここまで来れたのも妻のおかげだ。
その妻に対し、この世で何にもお返しができなかったことが悔やまれる。私が先に逝き、何か本人が喜ぶようなものを残していれば、私の気持ちも違っていたかもしれない。

私が妻を食事に連れて行くと、日頃はそんな食事をしていないのでおいしそうに食べていた。今でも出張の際、各地でご馳走をいただくと、いつも妻に食べさせてあげたいと思う。
なぜ一人で旅立ってしまったのだろうか。亡くなる前、私の会社が軌道に乗り業容が拡大し、子供たちも独り立ちしたので、妻が「自分の役割は終わった」と話 していたことがあった。そのときはつい聞き流してしまったが、それで病院に行かなかったのであろうか。本心ではないと信じたいが、そうであったならば実に 残念だ。

友人たちは「何かと不自由だろう。早いうちに考えた方が良いのでは…」と心配してくれるが、そんなことは一切考えていない。一パーセントも考えていない。「私の生涯で、妻は○子だけだ」と皆に答えている。
妻として、こんなに我慢強く、耐える女性はいないと思う。亡くなったあと本当にもったいないと思うくらいの知識も持っていて私を助けてくれた。○子が最高の妻であったとすれば、最高は二つとないし、最高の上もないはずだ。

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